『破線のマリス』記者会見
 10月31日(日)第12回東京国際映画祭にて
●出席者(敬称略):井坂聡(監督)、黒木瞳、陣内孝則、山下徹大、野沢尚(原作、脚本)


【挨拶】

■野沢尚: この小説は、ある意味、今のTV界のタブーを描いている物語なので映像化が非常に難しいと言われてきました。3年前の今頃は、どうなるかわからない小説を応募原稿として書こうとしていたわけですが、自分の中では、映像を勝手にイメージしながら書いていましたけれども、こういう形で現実に映像で観ることが出来て完成したときには、非常に幸せでした。

■井坂聡: 先ほどもご紹介がありましたが、『[Focus]』というTVを扱った作品があって、この『破線のマリス』ということで、両方、ある意味では、TV批判と受けとめられるジャンルのもので、僕は、映画とTV両方の仕事をやっておりまして、もう、TVからの仕事はないのではないかという話も出ております。それはともかく、僕がこの原作を読んで一番おもしろかったのは、今よくあるサスペンスものというのは、ただ恐がらせたりとか、人を殺したり、それを残虐な方法でどう見せるかとか、そういうことばかりに目がいく作品が多い中で、今の世の中に訴えられるテーマを持っているということに、原作では一番惹かれました。何かが悪いということではなく、たとえば、TV批判する側に、見ている側にも、愚かさとか幼さということも必ず含まれていると思います。そういったところは、前の『[Focus]』の時も同じだったんです。一方的に悪いということではなく、自分がそちらの立場になった時、どういう行動を取るのかなと、そんなことを考えながら映画を観ていただければなぁと思っております。面倒くさい難しいこともいろいろ言いましたけれども、一番は、やはり、楽しんでいただいて、最後にちょっと自分の人生を考えて見ていただければと思っております。

■黒木瞳: こんにちは。今日はたくさんお集まりいただきありがとうございます。私、これまで東京国際映画祭はまったく縁がございませんで、パーティの案内は来ていたんですが、今回、コンペティション部門に出品することができて本当に嬉しいです。今、野沢さんが3年ほど前にお書きになったとおっしゃっていましたが、私は、2年前にちょうどお腹に子供がおりましたけれども、モーツアルトを聞かないで『破線のマリス』を読んでおりました。とにかく、身二つになったならこれを演じたいと強く思いまして、それが、今回実現して、1つの作品となって、今日、皆さんの前にお披露目できるということで、今日は緊張と不安の気持ちで一杯です。ありがとうございます。


■陣内孝則: 今日はお集まりいただいてありがとうございます。私は、あの〜、こういう風に通訳の方がいる記者会見は初めてでありまして、この記者会見が始まる前に、通訳の方に英語に訳しやすいように話しなさいと言われまして、端的に喋らしていただきます。今日は、天皇賞をハズして残念だ。この作品は、『七人の侍』の次ぐらいにおもしろい。私は今、TVのバラエティ番組をよくやっているが、外国からのオファーがあれば出る意志はある。サンキュー。


■山下徹大: ちょうど、井坂監督の『[Focus]』という作品を劇場でやっている時観て、ものすごい衝撃を受けたのを覚えていて、その作品の監督がやる作品に、まさかこんなに早く出られるとは思っていなくて、すごく嬉しくて。あと、これだけの役者に囲まれて芝居ができるという、最初不安があったんですけれど、けっこうみんないい方々が多くて、芝居をやっていても頼れる方々が多かったんで、実際できあがった映画を観ても、今まで出た映画は、自分がやっているところは、なんか照れくさいところもあったんですけれども、初めてこの映画で、エンドロールが終わるまで立ち上がれなくて、すごいいろいろ考えさせられる映画だなと思いました。


ここで、本作にもTVニュースで登場する鳩山邦夫氏がゲストとして登場。 キャスト&スタッフと共に、出演にまつわるエピソードなどを披露した。


■鳩山邦夫: こういう席に出てくる資格はまったくないのですけれども、22年間、代議士という仕事をやっておりまして、芸術文化を担当する文部大臣を1年2ケ月やったことがありますし、映画の著作権問題もずっと扱って参りまして、たまたま今は素浪人でございまして、やることが何もありません。なんでも挑戦してやろうというのが、私の人生の基本的な方針でありまして、今のような暇な時に、30秒でいいから映画に出てみないかという依頼を受けて、喜んで参ったわけでございます。あの、『破線のマリス』という作品の、本の中身に関しては大体知っておりましたけれども、台本をいただいて読もうと思ったんですが、2ページくらい読んで寝てしまって、結局は未だに読んでおりません。私は、大蔵大臣役で出演をすることになっておったわけですが、当日、撮影のところに参りましたら、どうせ政治家なんていうのはアドリブだけで生きているんでしょうし、セリフなんか喋れないだろうから、全部アドリブでやってくださいと言われました。結局、それで大蔵大臣役はどうなったんですかって言ったら、大蔵大臣役ではなくて、鳩山邦夫役で出てくださいと言われて、自分の本名で出たもんですから、なんかちょっとつまらなかったなぁと……と、いろいろ言ってますが、何もやってないのでここに来る資格もありませんが、黒木瞳さんに会えるというだけで来ただけ、それだけです。いい経験をさせていただいた方々に厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。



【質疑応答】

◆質問: 先ほど、身二つになったらぜひ映像化したいとおっしゃった、そこまで突き動かされたこの作品の魅力というのは、どういったものだったのでしょうか。それと、企画、主演ということですけれども、ここまで来るにあたって、ご自身、どのように骨を折られたのかお聞かせ願いたいと思います。


■黒木: まず、作品がおもしろいなぁと思いました。映画って、深くはわからないけれども、私が思うには、ハリウッド映画のようなおもしろいもの、情緒があるフランス映画、と二つにもしもわかれるとすれば、本は筋書きがおもしろかったので、ハリウッド映画のようになるんではないかなぁと思ったんですね。この遠藤瑤子という女性が一番ユニークだなと思ったのは、離婚して別れた夫に子供を預けていたというところがおもしろかったんですね。普通、女性の方が引き取るんじゃないかって思っていたんですね。たぶん、私がもし、子供が産まれて夫と別れたら、夫に任せればいいんだって(笑)、その時に思ったんですが、まあ、筋書きとは全然違うんですが、でも、産んでみて絶対に渡さないって思いましたけれども、産む前でしたからそう思いましたけれども(笑)。企画に関しましては、本当にやりたいと名乗りを挙げまして、それが実現したということで、私自身は、芝居部分を頑張ったという感じです。

◆質問: これまでの黒木さんの役は、美しい女性ということが前提の役が多かったと思うのですが、今回、そういったこともなしで、リスクも大きかったと思うのですが、どのようなことを心がけて演じたのでしょうか。それと、映画の完成を観て、どのように思われたかをお教えください。

■黒木: やはり、お客さまには、映画を楽しんでいただきたいので、今までと違った空気がお客さまの目に映ればいいなと思ってましたので、そのような部分が私にはあったと、私自身は自負しております。撮影中は、とにかく気持ちも体もアクティブになろうと心がけました。


◆質問: この映画は、ある種、TV界に何かを訴えたいというご意思があって作られたのでしょうか

■井坂: TVを一方的に批判するということではなく、何か必ず媒介があるということで、必ず、送り手と受け手がいるんで、その両方に対して、メッセージがある映画を作りたいというのがありました。もちろん、TVというのは強い力を持っております。これは、新聞もそうだと思うのですが、この強い力を持っている人間が一歩間違うと、とんでもない方向に暴走をはじめてしまう。その危険に対して、受け手の側がちゃんと知ってないと、ただ利用されるだけになってしまうのではないかということです。そのように思っておりました。ですから、簡単に言いますと、もっと知ってほしいというのが動機になっていますね。知らないということは、人の言いなりになって生きるということになってしまうので、それだけは避けたいなと思います。そのことを訴えたかったと思います。

◆質問: 原作の野沢さんへ。TV現場にいらして、一番何を訴えたかったのかということと、それを受けて、監督さんは、原作者とちょっと違うイメージで何を主張したかったか。それと、元文部大臣の鳩山さんへは、こういうTVの影響が子供に与えるということを受けてどうお考えなのか。


■野沢: 映像メディアというのは、ヒトラーの時代、あるいはケネディの時代から政治的なプロパガンダに使われてきたものだと思うのですけれど、今では、この映画で描かれているような捏造のテクニックが描かれていますけれども、ごく日常的に行われているわけで、これは、原作の最後の一行にある言葉なんですけれども、「TVに映っているものを信じないでほしい」と。視聴者に語りかける形で終わっていますが、要するに、疑いの目を持って、視聴者が自らTVの真実を嗅ぎ取ってほしいというのがメッセージです。

■井坂: 今、正に野沢さんがおっしゃった「TVを信じないでほしい」という、そこに映っているものを信じないでほしいというのは、正に、僕のこの小説のテーマだったんです。ですから、そこにどのように話をもっていくかというのが、演出家としての最大の仕事だったと思います。映画を作るにあたって、僕も実際の報道局やTV番組を取材させていただいたんですが、まあ、そういう関係者の方はこの小説を読んでいて、この小説のほうが、TVに対するマリス、つまり悪意を感じるということも言われました。ですから、多少、誇張があるということは僕らも作っていてわかっていますが、あえて毒を持って言わせていただければ、日頃、批判ばかりしているマスコミも、たまには批判されてみろという、ちょっと挑戦的な意味合いも込めて作りました。


■鳩山: かつて、マクルーハンは、TVを一杯観ていると、フォルクスワーゲンに乗りたくなるということを証明しました。TVの影響というのはそれほど大きいものがあります。私が今朝のフジTVの番組で言いましたのは、今の学級崩壊等、荒れる学校や、苦しむ子供たち、その原因の二割は、学校の中の問題かもしれないけれども、八割くらいは学校の外の問題ではないか。私も昔文部大臣をやりましたが、文部省が教室の中のことだけ一所懸命制度を弄んでも、子供たちを救うことはできないのではないかということです。そういった意味で、TV映像による子供たちへの影響は、プラスもマイナスも強烈に大きいことはわかり切っておりますので、この映画が、TVを考え直すひとつのきっかけになればありがたいなぁ、そう思います。

◆質問(司会): 陣内さん。野沢尚さんの映像化にはたびたび出演しておりますけれど、今回は映画ということで、今回の麻生公彦役、本を読まれてどうだったでしょうか。

■陣内: セリフが多かったんで大変でした。『眠れる森』の時は黙って突っ立っていればよかったんですけれども、ちなみに、あれは、30何%行きましてですね。僕の出る番組は、よく28%とか30%とかいきます。この映画も、私なりにベストを尽くして頑張りました。唯一、後悔が残るとすれば、こういう機会に鳩山さんとこうしてお会いすることがあるのならば、なぜ、石原さんに入れたんだろうということです(会場笑)。石原プロと何度か仕事をしたということで入れた私は、反省するべき点があるかもしれません。すみません。余計なことを言ってしまいました。


◆質問(司会): 山下さん。いろいろとベテランの先輩方と共演されて、現場の雰囲気とかはいかがなものでしたでしょうか。

■山下: 結構、最初は緊張感があったと思うんですけど、段々馴染んでいって、最終的には、黒木さんには、半強制的に歌を唄わされるまでにはなったので(笑)。

◆質問(司会): 黒木さん自身は、TVのフィールドでも活躍されていますけれども、ご自身としては、TVを批判されているこの映画についてどのようにお考えでしょうか。

■黒木: 簡単に申し上げられませんけれども、メッセージ性としては、監督がおっしゃったことだと思います。ただ、あくまでも映画はエンターテイメント、娯楽でなければならないということがありますので、映画を観て、こういうバカな女っているなと共感したり、こういう風にはなりたくないなって思う、そのような共感ということもあると思うんですね。ですから、私自身は、この女性を演じて、楽しんでいただいて、もちろん、メッセージを受け取ってほしいけれども、それだけの映画ではないと思うんですね。そして私は、この女性を人間的に演じられたらいいなとも役者としては考えました。



『破線のマリス』は2000年3月11日シャンゼリゼほかにて公開。